笑顔の下の本音をさらし、心の奥底の情念をむき出しにし、意のままにならぬ世間をぼやき、たいしたことも無い日常をご報告するブログです。

オーストラリアの青い空
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おーあお

Author:おーあお
1990年より在豪、6年シドニーに住んだ後、メルボルンへ。
嫁は英国人、息子はオージー。そして私は日本人。国籍もバラバラなら思想もバラバラ、何もかもバラバラなまとまりのない家族です。
唯一の共通点は、猫好き♥


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下痢腹男の苦闘2 (実話)

2011/02/20 21:56|下痢腹男の苦闘シリーズTB:0CM:0
M.K 寄稿

私は下痢腹であるにも拘らずオーストラリアに来た。
「もしかしたら、外国に住んだら直るかも…」
と根拠の無い希望が無かったでもない。

だが、どこに住もうとも結果は同じだった。

英語学校に行けば、英語は上手くならない代わりに日本人の友達ができ、週末は彼らと日本語でドンちゃん騒ぎ。
ビールだけでなく、ワイン、VODKA などごちゃ混ぜで飲む。
つまみも質の悪い油を使ったオーストラリアのチップスが殆どだ。

私の下痢腹が耐えられるはずは無い、パーティー半ば常にトイレに走った。
その上、私は酒にも弱かった。
下痢の次は嘔吐だ。
その時まだ私は19歳。
飲んでればなれると思い、エクササイズ感覚で飲みまくり、吐きまくった。
それをワーホリの一年間一生懸命続けたのだ。
しかし、続ければ続けるほど状態はひどくなり、胃が痛くなり、飲んで無いのに10日ほど下痢が続いた後、ついにけつの穴から血が噴出した。
真っ赤に広がっていく鮮血を見てさすがに私はビビッた。
もうすぐ帰国が迫っている。
私は、けつの穴から血をたらしながらオーストラリアを後にした。

帰国…。
やめておけばいいのに当然友達と飲み歩く…。
私は今も馬鹿だがこの頃はさらに輪を掛けて馬鹿だった。

「いぼ痔が二つできているよ」
と医者が言う。
同時に胃カメラも飲み内臓、血液検査もしたが特に異常はなし。
とりあえずほっとしたが私は二つのツララのように伸びたいぼ痔を切らなければならなかった。
いくら切ったからと言って、うんこがでなくなるわけではない。
排便のたびに、激痛が走り、出血する。
数日入院した後、退院した私はタクシーを拾って実家に向かった。
タクシーの運転手は話し好きだった。
「痔の手術しましてねえ」
「兄ちゃん、あんなもん切っても一緒、わし二回したけど未だに血吹くでえ」
私はショックを受けた。
そのドライバーの言うことは多かれ少なかれ当たっていた。


その後私はまた豪に戻ることになる。
そのいきさつは、下痢とは関係ないから書かない。

豪に戻った私は、結婚し、少しはましなものを食うようになったが下痢は止まらない。

結婚式の時は、酒を飲まずお茶を少し含む程度で押さえ、上手く逃げ切った。
人生最大のセレモニーに下痢便の心配をしなければならないとは…私は一体何なのだ?

外人さんは、外食を好む。
それは別にいいが、嫁さんと一緒にレストランに行った帰り道など突然下痢腹に襲われることが多々あった。
真っ青な顔に鳥肌を浮かべてボロ車のタイヤをきいきい鳴かせて危険な運転をし、アパートに着くと、嫁をあとに残して階段をダッシュで駆け上り便器に座る。
うちの嫁も、とんでもない男と結婚したものである。

頭のずば抜けて悪い私は30を過ぎるまで真の下痢の原因が分からなかった。
ニュージーランドの南島に暫く滞在した時、約一ヶ月間私は下痢をしなかった。
何故だ? 水のせいか?
確かにここの水は美味い。
私は土地の人間に尋ねた。
このオタゴ州ワナカ地区は、水深300メートルのワナカ湖の底からアントリーティッド(未処理)のまま水道菅に流すそうである。
だけでなく、この街は何を食ってもまずかった。
これも尋ねてみると、MSG(モノソディアム グルタミン、グルタミン酸)等の化学調味料、並びにE621. E627.E631等の香辛料を使ってないらしい。
逆に、殆どのお菓子、特に日本のカップラーメンや、ソースにはこれがふんだんに使われている。

「そうか、そうだったのか!」

私は目の前に虹を見た。

「ああ、これで下痢腹ともおさらばできる」

メルボルンに戻った私は、早速生水で試してみた。
今までもずっと水道から生水を飲んでいたが、やはり予想通り下痢にはならない。

ということはやはり…

私は韓国産の辛ラーメンで試してみた。
このラーメンは私に気に入りの一つであったが、案の定ひどい下痢になった。
次に、出前一丁、チキンラーメンと試したが全て下痢になった。
「道理で…」
インスタントラーメンは昔から私の主食のようなものであった。
これをほぼ毎日食べていたのだから下痢になるのも当然である。

さらに私は、調味料、香辛料のたっぷり入ったプリングルというお菓子を試した。
一本丸々一気に食う。
結果はやはりすさまじい下痢だった。
その他のお菓子、ドレッシング、ソース等試したが結果は同じ、さらに驚いたことにピーナッツも同じ結果だった。

「わしゃ一体何が食えるんじゃ?」

つまり、未加工の果物、野菜、肉、穀類等は大丈夫なようだった。
「要するにサルやゴリラと同じものを食ってればいいのか」
もしかしたら、私は進化しきってない人間なのかもしれない。
それでもいい。
私は「勝った」と思った。
これで下痢とおさらばできると思った。

しかし、私の下痢腹はそれでも克服できなかった。
ゴリザル食生活をしても結局は下痢になった。
しかし、回数は週1,2回と大幅に減った。

私は、お菓子が好きだ。インスタントラーメンが好きだ。
とくに本を読みながら、菓子をボリボリやるのは最高の癒しだ…。
それを我慢しなければいけないなんて…。

私は時々掟を破った。
ある寒い日の夜、嫁は友達と出かけていない。

私は無性に辛ラーメンが食いたくなった。
「ああ食いたい、辛いの食いたい…」
耐えられなくなった私は、鍋に湯を沸かし、赤いハングル文字の書いた袋をやぶり、卵を落とした。

「うめえ!」
家に誰もいないのをいいことに、渇穢土のようにズーズー音を立て貪り食った。
ついでにチキン味、調味料たっぷりのチップスも食った。
まさに100%下痢便ギャランティー、地獄のコンビネーションだ。

しかし、意外なことにその夜は大丈夫だった。
次の日の早朝、当時運送屋で働いていた私は、大型トラックに載らなければならなかった。
5時、いつもより早く起きたせいか、コーヒーを飲めば、いくらでも出てくるうんこがでない。
こういう日は、大低後からくらう。
私は不安で必死にきばったが、粘土が詰まったようにびくともしない。
仕方なく諦めて職場に向かった。

大型トラックを倉庫から出し、目的地に向かう。
無事着いて積荷を降ろすと、帰りは丁度渋滞の時間だった。
この時点では何の予兆も無い。
もし予兆があれば下道をとったのだが、“大丈夫”と判断した私は上道をとった。
案の定高速は渋滞し、暫く動かなくなった。
そのときである。
あのおぞましい第一波が来たのは…。
ただし今日の朝の感覚では、肛門のすぐ内側は、硬い粘土質のうんこで固められていたはず。
それが解けるまでには随分時間がかかるはずだ。
私は、早くても一時間はもつと踏んだ。
ところが…
今までに聞いたことも無いほどの
「ぎゅるるるるるる」
と言う音がトラック内にこだまし、私の全身にゾワッと鳥肌が立った。
水便が下ってきている…。
腸のあたりがビクビク痙攣した。
さらに第二波、第三波、今までに経験したこと無い間隔の短さだ。
渋滞はまだ動かない、私は歯を食いしばり、ケツ筋を最大限に収縮させ、肛門の開くのを防いだ。
暫くして渋滞は動き出したが、速度は歩くのと変わらない。
私は何度も荷台で出そうかと思ったが、耐えた。
倉庫に帰れば、別の者が運転するのである。
しかも日本人は会社に私一人だ。
唯でさえ日本人はトイレが近いと有名である。
私が荷台に下痢をぶちまければ、“日本人全員が荷台でうんこする民族”と思われてしまう。
私の双肩に日本人1億3000万人の名誉がかかっているのだ。

しかしもう我慢できない。
足ががくがくと振るえ、クラッチを踏むだけでもう漏れそうだ。
暫く行くと出口が見えてきた。
この出口で降りたところで倉庫には遠くなるだけだが、10分ほど走ったところにマックがある。
トラックはその出口に矢のように向かった。
コーナーに普通車のように進入したため片側のタイヤが浮いた。

「はあはあはあ...」
額にはじっとりと脂汗が浮いている。
「もう、マックまで持たない...」
ふと横を見るとパブがあった。
どうやら空いているようだ。
その前はバス停になっていてトラックは停められる。
だが違反だ。しかしそんな事を気にしている暇は無い。
私はそこに停め、高いトラックのシートから飛び降りた。
その拍子に
「プオン」
という頼りない感覚と共に水便が漏れた。
「やばい」
私はケツを閉じたまま小走りに走った。
こうすると下痢便はケツとケツの間にとどまり、パンツにはつかない。もし付いてもほんの少量だ。拭けば人の鼻には匂わない。
私はパブのドアを強く押した。
が開かない。
馬鹿な!OPENになっているではないか?
ドアは押してもひいても開かなかった。
どんどん叩いても誰も出てこない。
「そ、そんなぁ~」
もう本当に限界だった。
「ぶちゅぶちゅぶちゅぶちゅぶちゅ...」
ついに下痢便は堰を切った。
生暖かい感覚が内太ももを伝う。
季節は夏で半ズボンをはいていたから、近くにいれば流れ出るうんこがはっきりと見えたろう。
バス停には人が数人いた。
ここで残りを放出するわけには行かない。
道を挟んで向かいは公園だった。
「もしかしたら公衆便所が!」
私は走った。しかし走るたびに下痢便が漏れ、ソックスを濡らし靴の中にまで侵入してきていた。

公衆便所は随分離れたところにあった。
もう足は糞まみれになっている。
鉄製の銀色便器に座り、残りを出した後、パンツを脱ぐ。
とてももって帰れるような状態ではなかった。
パンツは捨て、これも糞まみれになった靴下をも捨て、さらに糞まみれのズボンを脱いでざぶざぶと洗う。
誰も入ってこなかったのがせめてもの救いだ。
私は水浸しになったズボンをはき、トラックに戻った。
すると、フロントガラスのワイパーに紙が挟まっているではないか。
私はそれが何であるか一瞬で分かった。
注禁切符、$150ドルの支払いだ。
「こ、殺してやる!」
私はチケット切りを辺りに探したが、彼の姿は見当たらなかった。
ズボンはびちゃびちゃでしかもまだ随分臭い。
シートを濡らしては悪いと思い、備え付けの地図を破ってシートを完全にカバーした。
律儀な私は、遠回りして自分の家に戻り、新しいズボン、パンツ、靴下、靴に履き替え、嫁の香水をこれでもかと言うほどトラックのキャビン内に撒き、地図も新しいのを買い求めた。
注禁切符とあわせて、下痢のせいでかなりの出費だ。
その時、かつてビール6本渡して、ハードウェアー屋(金物屋)のトイレを強引に借りたことを思い出した。
下痢便は私の人生に高くついている。

それにしてもこのショックは大きかった。
物心付いてから始めて私はうんこをもらしたのだ。

だがそれは、最初で最後ではなかった。

これから起こることのプロローグだった。

(つづく)

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